2−プロパノールの手指消毒剤をつくる

はじめに

新型コロナウイルス SARS-CoV-2 から身を守るための手段として,石けんや洗剤で手を洗うこと,エタノールや2−プロパノールの消毒剤で手指を洗浄することの2つが手を介した感染を避ける有効な方法となっています。また,身の回りの器具や建物の表面を消毒するためには,次亜塩素酸ナトリウムや過酸化水素,塩化ベンザルコニウムなどを適切な濃度の溶液にして拭くことが有効です。これらの「モノ」を使った化学的な防御については,過去のSARS-CoVなどのコロナウイルスを使った研究結果が総説にまとめられて最近出されていてある程度の科学知識があれば活用できる状態になっています。

また,周知の通り,マスクをかぶること,人との距離をあける(社会的距離を保つ)などの行動も感染を広げないために推奨されています。

以上のうち,ここでは手指消毒のための消毒剤として,2−プロパノールを使ったものの調製法をなるべくていねいに説明します。必要と思われる方はお試しください。なお,エタノールの場合ももちろん同じやり方でやれます。エタノールは毒性がより低いので気が楽です。(小波秀雄)

免責事項

なお,情報の正確性については万全を期していますが、著者は利用者が当ブログの情報を用いて行う一切の行為について、何らの責任を負うものではありません。下記に起因して利用者に生じた損害につき、著者としては責任を負いかねますので御了承くださいこの免責事項は内閣府の情報提供ならいました

2−プロパノールを使う理由

上にも書きましたが,本当はエタノールのほうが毒性が低いのでいいのです。しかし,完全に品切れのようでまったく入手できない状況です。他に使えるものを文献で探すと,アルコール類としてはこのへんに落ち着くのです。

2−プロパノールはイソプロピルアルコール(略称IPA)ともいいます。ときどきイソプロパノールと誤って書かれることもありますが,みな同じものです。この物質は病原菌やウイルスに強い殺菌作用(ウイルスは細菌ではありませんが,他に適当な用語がないのでこの表現を使うことにします)を持っていて,注射の時の消毒に使われているものです一方,製品安全データシート(SDS)にも記載されているように,急性毒性ももっています。特に吸入や誤飲は避けるべきですし,一定の経皮毒性もあるのですが,それでも医療用に用いられているのは,病原体の感染から守るという大きなメリットがあるからです。

冒頭に挙げた「モノ」を使った化学的な防御手段のうち,手指消毒に使える物質として大事なのは皮膚に残らないというところです。エタノールや2−プロパノールのようなアルコールは水よりも蒸気圧が高く,容易に揮発しますので,上のような急性毒性があらわれる危険は低いといえます。それ以外の物質は溶媒の水が蒸発した後に不揮発性の物質が残るものが多く,使った後で拭き取りしないといけないという問題があるのです。

2 L 缶入り2-プロパノール
今回使った2−プロパノール:用途として消毒用を確認

運よくエタノールがあったら

エタノールのほうが少し高めの濃度を必要とします。80% になるように下の分量計算を行ってください。

作り方の説明

注意:吸入しないように気をつける

自家用の消毒液を作って使うとき,実はもっともリスクが高いのは消毒液を作る過程での曝露です。2―プロパノールを容器から容器に移したり,量を測ったりする作業では,原液を目の前において作業するわけですから,どうしても吸入しやすくなります。

砂糖水を作るつもりで気軽に作業していたらちょっとこぼして吸ってしまったとかいったような失敗は避けないといけません。液を移す作業をベランダや家の外で行うと無用の吸入を避けられます。もっとも,匂いをかいでみる程度のことはまったく構いません。

それでは,必要なものをあらかじめそろえて,順序立てて作業しましょう。段取り八分です。

必要なもの

  • 2−プロパノール: 缶入りのものが入手しやすいようです。消毒用となっているものを使います。なるべく蒸気を吸いたくないので,下の取扱いの仕方を守ってください。
  • 水: ふつうは精製水を使うのですが,手に入らなければ一度沸騰させたお湯を冷ましたもので問題ありません。ポット,水差しのように少量ずつ注げる容器に入れておきます。
  • デジタル秤: 最小目盛り 0.1 g, 最大重量 1000 g 以上のものが使いやすい。ここではタニタの「洗えるクッキングスケール KW-320」という製品を使いました。ずっと使っていますが,これはとてもよい製品です。
  • プラスチックボトル: 缶入り容器のときにこれに分けて使います。
  • プッシュボトル: できた消毒剤を入れておく容器です。200 mL 〜 500 mL 程度の適当なもの。ハンドソープなどのプッシュボトルの空き容器を転用するのが簡単です。
  • 100〜200 mL 程度のカップ: 水を移すのに使います。
  • ロート: ロートは先が細いと流し込んだ液体がスムーズに流下しにくいので,ボトルの口に入る範囲で太めのものが使いやすい。
  • 灯油用ポンプ: 缶から液体をボトルに移すのに便利です。ロートでもいいのですが,ちょっとやりにくいです。
キッチン用ロート:上が広く下が太めのほうがこぼれにくい

作る手順

缶入りのものは一旦ボトルに移す

缶のアルコール(以下では2-プロパノールをアルコールと呼びます)だったら,500 mL 程度のプラボトルに移します。金属缶の蓋はなれないと外し方がわからないかもしれません。幸い,ネット上にふたの外し方を説明した「角缶・一斗缶の開け方」という記事がありましたので,それを見てください。

缶を開けたら,ロート,または灯油用のポンプでプラボトルに適量(ボトルに7分目という感じ)を移してください。このときこぼれることを前提にして作業すること。手についたら流水で洗ってください。極力吸入しないようにします。開放された場所であれば数分で蒸発するので,少量こぼれても拭き取りはしなくてもいいでしょう。

移したらすぐに缶にふたをして,しまってください。

アルコールを移したプラボトルには,すぐに物質名をラベルに書いて貼ってください。後で中身の分からないボトルにならないように!

この後は屋内で作業します。テーブルの上に秤など必要なものは置いておきます。

プッシュボトルにアルコールを入れる

ここではおよそ 100 mL ほどの消毒液を作ることを想定しています。最初はこれくらいでやってみるのがよいと思いますが,なれたら適宜スケールアップして計算してください。

空のプッシュボトルにロートをさしてから秤に載せて,ゼロボタンを押してください。

アルコールを先にボトルに移します。手早くすませるために下のようにします。

秤にプッシュボトルを載せたままで,ロートを使ってアルコール 75 g ほどを移します。正確に75 g である必要はありませんが,実際の重さを正しく読み取ってください。それを \( a \) gとします。

水を秤で量って加える

75 % の消毒液を作るには,水の重さを \(b\) [g]として,

$$ a : b = 75 : 25 $$

にすればよいのですから,水を\( \frac{1}{3} a \) [g] 加えればいいわけですね。仮に先に入れたアルコールが 75 g であれば,25 g の水が必要です。水はなるべく正確に量り取りたいので,次のようにしましょう。

秤に空のカップを置いてゼロボタンを押します。

秤量の数字を見ながらカップに水をゆっくり移します。多すぎたら戻したりして計算した値に合わせてください。 1 g ぐらいは違っても構いません

量り終えたら,ロートを使ってプッシュボトルに入れてください。

軽くふってかき混ぜれば完成です。こちらにもラベルを貼って内容を書いておきます。

2−プロパノールのプラボトルと消毒剤のプッシュボトルに

使い方と注意

少量(小さじ半分ほど)を手のひらのくぼみにためてから,手をこすり合わせて手のひら,指の先,指と指の間にすりこむようにします。日常生活で手を使うときのことを思い浮かべて,手のどこがものに触っているかを意識しましょう。そこが感染ルートですから念入りに。コロナウイルスの失活には30秒かかるとされていますので,それを目安に量を加減しましょう。

粘膜や傷のあるところ,目の回りには触れないように注意してください

手のひらのくぼみに少量ためる

「消毒用」となってないものは使えないか?

今売られている汎用の溶剤は,メーカーで製造されている有機溶媒を小売業者が容器に小分けして,ラベルをつけて販売しているものです。実験で使われる試薬は,「特級」とか「一級」とあるのですが,大手試薬会社の営業の方に聞いたところ,昔は確かに特級といったら一級よりも精製の過程を入れていたのだけれど,今は技術が高いので最初から特級の品質のものができてしまうので,中身はちがいませんよと言われました。もう20年余り前の話です。

今回用いた製品については,通販サイトの情報に「消毒用」とあったものを買いましたが,缶にはその記載がなく,納品書に加筆されたような感じになっています。おそらく,消毒用の需要が発生しているので追加したのでしょう。業者に確認して他に混ぜ物をしていないとなったら,問題なく使えるはずです。とはいえ一般に溶剤で売られているものは中身が多すぎて持て余す可能性がありますが。