言論と公益を脅かすニセ科学問題」資料
2016/12/23

原告の主張を科学的に検証する


小波秀雄

京都女子大学 名誉教授

科学的な基礎を少し

「シンプルでまず破れない物理法則」

  • エネルギー保存則(熱力学第一法則)
  • 質量保存(物質不滅)の法則―ラヴォアジエ(素粒子レベルに拡張されてエネルギー保存と統一)
  • ニュートンの運動方程式 (相対論と量子力学とは矛盾なく接続している)

これらに反していたら,インチキ,ニセ科学,あるいはただの間違いと断定してよい

基本ー原子核反応と化学反応のちがいについて

  • 原子核:陽子と中性子が引力(核力)で引き合って結合
  • 分子:原子同士が電子と陽子の引力(クーロン力)で結合
  • 反応とは:結合が切れたり,つながったりすること
  • 切るにはエネルギーが必要,つながるときにはエネルギーが放出される
  • 核反応のエネルギー 〜 1 MeV (100万ボルト)
  • 化学反応のエネルギー 〜 1 eV

実験的に成功している核融合反応

重水素と三重水素からヘリウムと中性子に転換(画像はWikipediaから)

反応を起こさせるためにはバリアを超えることが必要

核反応は強いクーロン力の反発を「がまん」させないと進まないので,1億度以上の温度が必要

常温核融合,あるいは
LENR(Low Energy Nuclear Reaction) とは

注意:この仮説は大半の物理学者から懐疑的に見られている

裁判資料から「ナノ銀除染」を検討する

以下の資料は次のサイトからダウンロードできる。

http://www.i-foe.org

3つの原告側証拠を検討

  • 甲15号証:阿部宣男,岩崎信「ナノ純銀担持鴻材放射能軽減効果試験」
  • 甲19号証:岩崎信,阿部宣男他「ナノスケール純銀担持体の放射性セシウム減弱効果の検証測定」
  • 甲第22号証:「低エネルギー核反応(LENR)」の理論(田中栄一)

民事裁判では,原告側を「甲」,被告側を「乙」としている。 つまり,上はすべて原告阿部氏側の提出した証拠書類。

甲15号証:ナノ純銀担持濾材放射能軽減効果試験

この試験は公的研究機関によるものではない。

用いられた試験装置

骨粉にナノ(微粒子)銀を付着させた濾材を使って,汚染土からの線量が抑制されるかを調べた。

報告書の問題点―不備な記述,不適な測定系

  • 装置の寸法のデータなし
  • 図にキャプションがない
  • 具体的な操作の記述が不足
  • グラフに誤差範囲を示すエラーバーがない
  • 測定器 TCS-172B:ガンマ線の強さを定性的に調べる程度の精度

水(コントロール)とナノ銀とで異なる結果


正しい比較実験のやり方

コントロールとして,ナノ純銀担持コラーゲン溶 液,およびナノ純銀担持骨炭から,ナノ銀だけを取り去った試験

阿部氏らの結論と言説

  • 放射性セシウムから放出される線量がナノ純担銀持濾材によって減少する
  • 何らかの核変換が起きているのではないか
  • ありえないと言う前にデータが出たのは事実だから追試してほしい

それでも,線量が低下したのはなぜか

  • セシウムイオンは水によく溶けるので,水道水のケースでは全体に溶けて広がる
  • しかし骨炭には吸着されて,下に沈降する
  • 線源と測定器との距離,位置関係が変わって,検出される線量が低下したと考えられる

いずれにしても,追試を行うべきはこの「実験」を実施した人である。

甲19号証:研究会「放射線検出器とその応用」(第27 回)要旨論文

独立行政法人高エネ ルギー加速器研究機構・放射線科学センターにおいて毎年開催されている研究会「放射線 検出器とその応用」第 27 回 (2013年2月) の予稿。研究会の参加資格は特になく,研究会の趣旨に沿った内容の ものであれば,誰でも応募することができる。

結果の図とその解釈は

なんと大胆な推論!

「阿部効果」の提唱

  • 「『阿部効果』とは, 放射性セシウム含有試料にナノ銀坦持体を混合して,そのまま放置すると, セシウムの γ 線放出量が時間ととともに減少すると言う現象」
  • 「ほぼ“半減期"が約 1~2 カ月程度の減弱効果が存在するとの結論を得つつある」

これが本当なら,原子核物理は激震に見舞われる!

この報告の意味するところ

  • もしも半減期が短くなったのであれば,放射線の強度は反比例して大きくなる
  • スペクトルはずれていないので,カウントが何百倍にも上昇するはず(危険!)
  • 甲15号証では:ガンマ線はナノ銀で減少するとしている

2つの実験報告は,エネルギー保存に照らして矛盾している。

甲第22号証:「低エネルギー核反応(LENR)」の理論」の論文

「常温核融合」に期待した論文

  • 核変換:Ni + H → Cu + 熱(大量)
  • ガンマ線,中性子は観測されない。低エネルギー X線のみ
  • 何らかの機構で Ni と陽子のクーロン障壁が抑えられて核融合が起きたと推定(Low Energy Nuclear Reaction)
  • 2011年末に 10 kW の家庭用核融合装置を 900ドルで受注,さらに年産100万台を見込む(どうなったのか?)

これらは再現できる実験結果もなく,現実への応用も成功していない。ほとんどの物理学者は懐疑的に見ている

岩崎―阿部氏の主張

自分たちが見出した「阿部効果」は,LENR によるものと考えられる。

田中論文の意味するところ

  • Ni + H → Cu の核融合反応は,本来なら原子核同士の強い反発によって起こりえない
  • しかし,原子核同士がくっついた状態のエネルギーを低くして,何らかの反応が起きたと推測される
  • 放出されたエネルギーは,原子核の質量欠損と合っているようだ。

起こったとするならば,物理の基本法則に反しない仮説になっている。

一方,岩崎―阿部の実験報告は物理の基本法則を破っている

彼らが自説の援軍としている田中論文は,自分たちの実験の破綻を印象づけるやぶ蛇である。

原告側が提出しなかった重要な証拠


乙18号証:別添資料1,2

  • 原子力研究開発機構が阿部実験を検証した結果を東京地裁に回答
  • 別添資料:同試験についての東京都市大学岡田准教授から阿部宣男氏宛の回答書

阿部氏側から相談があり,同機構が試験を提案

議論には決着がついてる

  • 原告:「ナノ銀で除染できたデータがある」
  • 原告:「否定するなら追試を行ってデータを出せ」
  • 事実:原告の実験は科学的にナンセンスである
  • 事実:すでに公的機関が追試を行って否定している

裁判における原告側の信じられない不作為

  • 松崎氏が「ナノ銀除染はインチキである」と書いたことをもって,同氏を名誉毀損で訴えた
  • ナノ銀除染は科学的に正当であると主張する数件の甲X号証を提出した
  • 除染効果を確認するための検査を公的機関に依頼して回答を得ていた
  • 回答は除染効果を否定するものであったので,その存在には口をつぐんでいた

まとめ

  • 名誉毀損は人格への誹謗等について損害を回復するための訴え
  • 原告側はみずからの科学的真実性を主張する証拠を提出している
  • 科学的真実性は裁判で争うべき性質のものではない
  • しかも原告の証拠は,ここで検討したように,科学的には明確に否定される

名誉毀損の訴えは法理上も科学的真実性からも破綻している

触れなかった科学的問題

  • ホタルの地域的変異の破壊行為
  • マルハナバチフェロモンに関する怪しげな言説
  • ホタルの「威嚇光」という独自理論
  • ホタル飼育施設におけるDNA鑑定
  • 福島県大熊町でのナンセンスなナノ銀除染・線量測定シーン
    http://www.youtube.com/watch?v=x9jConX1Rg4