数理情報学科 特別講義

疫病と確率の深い関係―新型コロナウイルス感染症をめぐる疫学

小波秀雄

http://konamih.sakura.ne.jp/Events/Ryukoku2020/

疫学とは:

元々は感染症の流行について明らかにする医学

現在は一般的に病気の発生と流行について統計的に研究する分野になっている

EBM: Evidence-based medicine(根拠にもとづく医療)

例:公正に行われた検査データに正しい統計処理をすることで,ある治療法や薬が真に有効なのかどう かを判定する.

このようなプロセスで得られる根拠から構成される医療の体系がEBM

最近,やたらと「エビデンス!」という人がいますが,分かっていない人が多いと思います。気をつけましょう。

オッズ比で治療の効果を評価する

治験の例:

ある疾患の新しい治療薬の効果を試すために, 100 人の罹患者に対して処方し たところ,20 人だけが治癒した。この薬には効果がないと判断してよ いか.

これだけではわからない!

オッズ比で考えないといけない。

結果を整理するための図

A: 本物を処方 E: 効果あり

$a$: 本物 かつ 治癒  $b$: 偽薬 かつ 治癒

$c$: 本物 かつ 効果なし $d$: 偽薬 かつ 効果なし

治験者200人を半分ずつにランダムに分けて治験を行った結果

本物 偽薬
治癒 20 11
非治癒 80 87

オッズとオッズ比を計算

  • 本物による治癒のオッズ: $\frac{a}{c} \frac{20}{80}$
  • 偽薬による治癒のオッズ: $\frac{b}{d} = \frac{11}{87}$

オッズ比は

\[ \frac{a/c} {b/d} = \frac{20\times87}{11\times80} = 1.98 \]

もしも薬の効果がないとしたら?

オッズはどちらも大体等しくなる

オッズ比は1に近いはず⇒このケースではずっと大きいので効果ありと判定

実際には,結果が有意かどうかの検証を行う必要がある。

スクリーニングについて

問題意識

母集団の中にある病気を持っている人たち(有病者)とそうでない人(非有病者)がいる。その病気の有無を知るための検査を実施したら, 陽性の人と陰性の人とがいた。陽性と判定された人のうち本当に病気を持っている人の割合,逆に陰性と判定された 人のうちで本当に病気を持たない人の割合を知りたい。

個人にとっては

HIVに感染しているかどうかの抗体検査を受けたところ陽性の判定が出た。あなたが本当にHIVに感染している確率は?

同じ抗体検査を受けたところ陰性の判定が出た。あなたが本当にHIVに感染していない確率は?

これは大事なことですね

問題を図で表す

$a$: 真の陽性  $b$: 偽陽性

$c$: 偽陰性  $d$: 真の陰性

検査の質に関わる大事なパラメータ

  • 感度 :有病者のうちで陽性になる割合 $a/(a+c)$
  • 特異度:非有病者のうちで陰性になる割合 $d/(b+d)$
  • 有病率:全体に占める有病者の割合(病気の蔓延度) $(a+c)/(a+b+c+d)$

HIVに感染しているかどうかの抗体検査を受けたところ陽性の判定が出た。あなたが本当にHIVに感染している確率は?

$a/(a+b)$

同じ抗体検査を受けたところ陰性の判定が出た。あなたが本当にHIVに感染していない確率は?

$d/(b+d)$

問題2−4

ある病気に感染しているかどうかを調べる検査では, 被験者が非有病者なのに陽性になる確率が 1.5%,有病者 なのに陰性になる確率が 0.5% ある.この病気は人口の 2% が感染しているものとしよ う.スクリーニング検査によって,ある人が陽性と判定された.この人が本当に有病者で ある確率はどれだけか?

頻度を用いた簡単な解き方

  • 被験者を1000人とすると,有病者は 20人,非有病者は 980人
  • 有病者で陽性になるのは $a = 20\times0.995 人 $
  • 非有病者で陽性になるのは $b = 980\times0.015 人$

\[ \frac{20\times0.995} {20\times0.995 + 980\times0.015} = 0.58 \]

結構大きな数です!

スクリーニング結果を正しく理解することは大事

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)とスクリーニング検査

世界を今脅かしている新型コロナウイルス感染症が日本にも蔓延し始めたとき, PCR 検査などによるスクリーニングを実施すべきという声が上がった。

それは意味があることだったのだろうか?

■低い有病率の段階での難しさ

人口1億人の国で2000人が有病者だったとすると, 有病率は 0.002%。

1万人のスクリーニングを行ったとして,その中の有病者は 0.2 人:⇒ これでは結果はゼロにしかならない

COVID-19のPCR検査の厄介な特性

感度:60% 程度,特異度 99 % 程度

これは厄介だ!次で示そう。

例題 2–3
ある人が新型コロナウイルスに感染しているかどうか PCR による検査を受け た.結果が陽性であったとして,実際に有病である確率を求めよ.ただし,検査の感度は 60%, 特異度は 99% とし,この時点での有病率は 0.1% とする.
また,有病者のうち陰性と判定される人の割合を求めよ.

答え:

陽性判定を受けた人が有病である確率は 6 %

有病なのに陰性判定される確率は 40 %

これでは無意味だ。少なくとも個人にとっては。

スクリーニングが役に立つとしたら

 厚生労働省は6月16日、3都府県で計7950人を対象に実施した新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)抗体検査の結果を発表した。抗体陽性率は東京都で0.10%(1971人中2人)、大阪府で0.17%(2970人中5人)、宮城県で0.03%(3009人中1人)だった。(日経メディカル 2020/06/17)

(幸いにも)有病率がきわめて低いので,個人のためにはスクリーニングは使えない。

社会的な感染防止には意味がある

現状ではまだ抗体を獲得した人の割合はごくわずかであることがわかった。そのことを前提にして 感染対策を進める必要がある。

大阪府の大失態

 大阪府では、厚生労働省と共同で、府民を対象として新型コロナウイルスに関する抗体保有状況調査を実施します。
 府内に居住し、大阪府健康サポートアプリ「アスマイル」に登録している20歳以上の方(お試し登録の方は除きます。)に対して抗体検査の希望者を募集します。 (募集定員)  3,000人

これでは無作為抽出(ランダムサンプリング)にならない。バイアスのかかった結果になるので,調査としては落第!

以上です。 質問をどうぞ。