物を書くときには慎重でなくてはよくない。とくに激しいことを言おうとしたら, そうとう用意周到に論拠を詰めて, 自分でも分かってないことはぜったいにしゃべらないことだ。
などという自明なことをしたり顔で書くこと自体, 恥ずかしくてやってられないのだが, この本の著者たちはそもそも事実と論理にもとづいて物を書くということがよく分かっていないように思える。
ピッチャーが試合後,ひじや肩を氷で冷やすことがよくある。 投球のために生じた炎症を抑える目的だろうが, 炎症という治癒反応を抑えてしまい,かえって逆効果だ。 一時的にはよくなったように思えても, 長い目で見れば選手寿命を短くしてしまうに違いない。 以前は20勝以上の投手が多くいたが, 最近ではほとんど見られなくなった要因のひとつに, 冷却療法があると言えるだろう。 (三好「冷やしてもケガは治らない --- エアーサロンパス」, p.141)
野球には大して興味をもっていないのであるが,
それでも金田の輝かしい 400 勝(最後の方は勝たせてもらったようなのが
多いのだが)とか,稲尾,杉浦,堀内,江夏といった往年の名投手の姿や,
ときどきに社会面をにぎわしたプロ野球の出来事はある程度知っている。
そういう半可通であっても,昔の野球のゲーム運びと現在のそれとが,
特に投手の起用方法で大きく異なっていることくらいは常識として分かっている。
(たしか広島の古葉監督がこまめな継投策でチームを優勝に導いた
あたりがその転機になったように覚えている)
昔はエースは完投して当然,連投もめずらしくないというのが当たり前という
野球をやっていたのである。投手の数も少なかった。
かつてはペナントレースで優勝するための 80 勝,
90勝という勝数を数人の投手で支えていたのである。
優勝チームのエースが 20 勝以上とっていたのは当然なのである。
なお,大リーグにおける打率の推移の意味については,
S.J.グールドが統計の意味を鋭く捉えつつ面白い考察をしているので,
一読をお勧めする(「フルハウス --- 生命の全容」,早川書房,1997)。
統計の数字をどう読むかを考える上でためになることを保証する。
文中に「要因のひとつに…」と書いてあるではないかという,
著者の反論があるかもしれないが,そういう付け足しひとつで
恥ずかしい憶測が合理化されるわけもない。
さて,この本であきれてしまうのは,引用や学説の紹介に際して 出典がほとんど記載されていないことである。そもそもまともな本であるならば, 巻末か記事の末尾に引用文献一覧を付けるのが当然である。 とくにこのような論争的な内容をもつ本を出そうというのであれば, 出典の記載がなければゴミであるという認識をもたない著者,編集者は 出版の常識さえ知らないというべきである。