小惑星リュウグウの上空に探査機はやぶさ2が到着してホームポジションに落ち着いたあと,MINERVA-Ⅱという小型着陸機を下ろして地表の探索が始まった。つぎに各種の測定器を積み込んだ MASCOT も下ろすことに成功した。表面の岩石の化学分析データが地球に送られて詳しい解析が始まっているとのことで,かつて科学少年であった者としてはとてもうれしい。
とはいえ,ありきたりな感想を書くつもりではなくて,ちょっとした力学の計算をやってみて,広報されていないと思われる点を考察してメモに残しておくことにした。
公開されているリュウグウのデータを並べてみる。
- リュウグウの特徴
・コマ(独楽)型、円形の赤道形状
・半径: 平均 約450 m(赤道半径 約500 m、極半径約440 m)
・質量:約4.5億トン(GM=約30 mgs-2)※
・自転軸の向き:(入,B) = (180°, -87 )
・赤道傾斜角:約8°
・自転周期:P= 7.63時間(7時間38分)
・公転周期:1.3日
・反射率因子(v-band):0.02
・クレーターの数密度:イトカワやエロスと同等
・多数のボルダー(岩塊)の存在:最大のものは南極付近に存在(約130m)
・可視光におけるスペクトル:平坦、赤道付近や極付近で青っぽい
・近赤外におけるスペクトル:平坦な(少し赤みがかっている)スペクトル、水による弱い吸収あり
・輝度温度・強いroughness効果あり(昼間における温度変化が小さい)、赤 道付近で熱慣性がより大きい
(※赤道での重力は地球の約8万分の1、イトカワの数倍の重力となる)
軌道などの計算
いくつかの定数
$$\mbox{万有引力定数:} G = 6.674\times10^{-11} \rm m^3 kg^{-1} s^{-2} $$
$$\mbox{はやぶさ2のホームポジションの高度: } r = 20000 \rm m $$
\[\mbox{リュウグウの質量 :} M = 4.5\times10^{11} \rm kg \]
\[\mbox{リュウグウの平均半径 :} R_r = 450 \rm m \]
比較のために地球のデータも載せておく
\[\mbox{地球の質量 :} M_E = 5.972\times10^{24} \rm kg \]
\[\mbox{地球の極半径 :} R_E = 6.356\times10^{6} \rm m \]
必要な関係式
$$\mbox{リュウグウとはやぶさ2の間の万有引力:} F = \frac{GMm}{r^2}$$
$$\mbox{はやぶさ2が軌道で受ける向心力:} F = m r \omega^2 = \frac{m v^2}{r} $$
\[ \mbox{角速度と周期との関係:} T = \frac{2\pi}{\omega}\]
\[\mbox{角速度と軌道の接線方向の速度との関係:} v = r \omega\]
\(r, m, \omega, v \)ははやぶさ2の軌道高度,質量,角速度,速度である。
※軌道は円形と仮定する
ホームポジション軌道での回転周期は
上の関係式を使っていけばよい。
\[ F = \frac{mv^2}{r} = \frac{GMm}{r^2} \]
\(r = 20000\) として \(v\) を求める。
\(v = \sqrt{ \frac{GM}{r}}, \omega = \frac{v}{r}, T =\frac{2\pi}{\omega}\) に数値を入れて解いていけば,次のようになる。
\[ T = 3.28\times10^6 \rm s = 38.0 d \]
つまり,はやぶさ2は 地球での38日ちょうどでリュウグウの周りを1回りしていることになる。リュウグウの自転周期は7時間38分であるから,1日3回ほどくるくると回っているリュウグウの上空 20 kmのところで非常にゆっくりとはやぶさ2が回っているわけだ。はやぶさ2から見下ろした気分で想像してみよう。
はやぶさ2が静止衛星になる条件は
上の計算によって,ホームポジションのはやぶさ2はリュウグウの自転にくらべて非常にゆっくりと回っていることがわかった。そこから高度を下げていくと,速度,角速度ともに速くなり,短い周期で1周することになる。それがあるところでリュウグウの自転速度に等しくなれば,そして仮に軌道がリュウグウの赤道の上で同じ向きの回転をするようになっていれば,リュウグウの上空の一点で静止して見えることになる。後半の条件はともかく,静止軌道になるためには高度をどう取ればいいかを考えてみよう。ちなみに,地球の回りで回っている静止衛星は高度 36000 km(地球の中心からの距離では約 43000 km) 付近にいる。
リュウグウの自転周期,7時間38分から計算すると,角速度\(\omega_r\)は \( 2.29\times 10^{-4}\) /s となる。これから軌道半径 \(r\) を求めると,次のようになる。
\[ r = \left(\frac{GM}{\omega_r^2}\right)^{\frac13}\]
これに必要な数値を入れて計算すると,831.2 m, ここからリュウグウの平均半径 450 m を引くと,リュウグウの上空 380 m の宙空に衛星を静止させることができるわけだ。
リュウグウからの脱出速度
地球の表面から真上に秒速 11.2 km で何かを放り投げると,2度と地球には戻ってこず,無限の彼方へ飛び去ってしまう(ただし太陽系から脱出するには,もっと速く投げないといけない)。これは地表で与えた運動エネルギーが無限遠までの重力のポテンシャルエネルギーを上回った時に起きる。リュウグウではもっとずっと引力が弱いので,その脱出速度も小さくなるはずだ。それを計算してみよう。
リュウグウの地表面から質量\(m\)の物体を無限の彼方まで持ち去るエネルギーが,その物体が持っている運動エネルギーと等しくなる条件を求める。
\[\int_{R_r}^{^\infty}\frac{GMm}{r^2} dr = \frac12mv^2 \]
積分を実行して整理すると,次の式が得られる。
\[v = \sqrt{\frac{2GM}{R_r}} = 0.365 \rm m/s \]
つまり,リュウグウの地表にいる人は秒速 37 cm 以上で上方にジャンプすると,そのまま宇宙に飛び出して永久に戻ってこれなくなってしまう。気をつけよう。
余談だが,サン=テグジュペリの「星の王子さま」では王子があちこちの小さな星を旅するわけで,どうやってロケットもなしに移動できたのかが不思議でしょうがなかった。あれは小さな星ばかりだからポンと地上を蹴れば簡単にその星を出ていけたわけだね。