川添愛『数の女王』(東京書籍,2019)を読み終えた。
数論を巧みに織り込んだファンタジーで,最後のクライマックスまで一気に読ませる力作だった。誇り高く冷酷非情な王妃,美しい娘ビアンカ,妹として育てられた心貧しい養女ナジャ,妖精たち,蜂飼いの一族…たくさんの登場人物が登場して「数」を軸に展開する壮大な戦いと愛憎のドラマになっている。
日本や中国の合戦ものなら弓や刀,スターウォーズだったらライトセーバーと,ファンタジーにはかっこいい武器が必須のアイテムだが,この物語では「数」がそのかわりに登場する。登場人物はみな〈運命の数〉をもつのだが,その数を素因数分解した数を体内に仕込まれた喰数霊(ナンバーイーター)の攻撃によって殺されてしまうところがちがう。王妃は自分では計算せず,召使や妖精たちを計算の労働に酷使して結果を出させる。そして呪い殺したい相手に向けて喰数霊を放つ。ナジャもその労働によって類まれな計算力を持つに至る。
王妃は息子のリヒャルトを偏愛し,リヒャルトの残虐非道ぶりは募るばかり。二人によって人々が,さらには服従している家来さえもが次々に殺されていく。
素因数分解ができない大きな素数,〈不老神の数〉を持つ者は攻撃に会っても死なず,王妃は自らの運命の数はそれだと信じているのが,実はそうではない。こういう伏線はアキレスの踵と同じくお約束だ。そしてそれを見破ったナジャと妖精たち。
そう,数が裏の主役という不思議なファンタジーで,素数,素因数分解,フィボナッチ数,完全数,友愛数,巡回数,ゼッケンドルフの定理,リュカ数,メルセンヌ素数など盛り沢山の数論の仕掛けが登場する。そのなぞを次々に解いていくところも見ものなわけで,ついつい計算をして確かめたくなってしまう。
たとえば,ビアンカの運命の数は巡回数と呼ばれる 142857 。この数は 2,3,4,5,6 を掛けていくと
285714
428751
571428
714285
857142
となってぐるぐる巡回する。これ割と知られている話だ。ビアンカの場合には,そのため運命の数が巡回的に変わって別人格になれるとか,芸がこまかい。そんなこんなで,いちいち楽しめるわけだ。
そういえば,この巡回数のマジックは,次のようなおまけもあることを初めて知った。
まず自乗する。
142857 × 142856 = 20408122449
得られた積を途中で切り離してから足すと
20408 + 122449 = 142857
ほお!知らなかったなああ。
まあそういうのがあって,面白い。だけど数学はおいて,物語もどんでん返しを食らわせながらスピーディーに展開していってクライマックスの戦闘シーンは壮絶だ。何もかもがカタストロフィに飲み込まれ,善と悪の境目さえも消え失せてしまう終末。息も継がせずに読ませてくれる。
途中で計算をして追うのもよし,後に回してとにかく筋を追うのもよし。小学校の高学年から中高生なんかはファンタジーが好きな子も多いし,物語を読む楽しみと数の楽しみを両方味わってもらうといいと思う。私もさして精神年齢が変わらないので,一気読みしてしまった。