妊婦支援知らぬふり 利益求め施設急増 際限なく検査 新型出生前診断
毎日新聞2019年8月18日 19時42分(最終更新 8月18日 22時09分)

学会の認定を受けず新型出生前診断(NIPT)を実施する医療機関の9割は、普段妊婦を診察することのない産婦人科以外の診療施設だった。ここ1年で急増したとみられ、「カウンセリングもなく手軽に検査できる」と利用を呼びかける。背景には「命の選別につながる」との議論もある検査を巡る規制が、学会の指針だけという不十分な実態がある。【上東麻子、千葉紀和】
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◇学会規制なく「お手軽」検査強調
「全染色体を調べることができます」「採血のみで短時間で終わります」「年齢制限もありません」――。無認定施設のホームページには認定施設よりサービス面で優位であるかのような記載が目立つ。認定施設では、倫理面や検査の精度などから検査する疾患数や妊婦の対象年齢に制限を設けたり、カウンセリングに時間をかけたりしているが、それを逆手に取り利用を呼びかけるところもある。
無認定40施設に検査料金を尋ねると、大半の施設が3疾患(ダウン症、13トリソミー、18トリソミー)にかかわる3種類の染色体の検査で15万~18万円と、認定施設の16万~21万円程度よりやや安かった。ただ、認定施設は「染色体異常」の可能性がある「陽性」の結果が出た場合、確定診断で実施する、妊婦のおなかに針を刺し羊水を採取する「羊水検査」代を無料にする場合が多い。結果的に無認定施設の方が高くつくケースもある。3疾患に加え日本産科婦人科学会(日産婦)の指針で認められていない「全染色体検査」なども実施すると、合計で20万~27万円になる。
美容外科、清潔イメージ「うってつけ」
無認定施設がここ1年で急速に増えた現状もうかがえる。3年前から検査を始めた施設がある一方、25施設が1年以内に開始したと回答。業界関係者は「採血して検体を送るだけで1件当たり5万~10万円の利益がある」と語り、参入が後を絶たない背景を説明する。美容外科が多い理由については、「健康な人しか訪れず、清潔で女性客が多い。プライバシーも配慮されており、実施施設としてうってつけ」と話す。
無認定施設の増加に伴い、NIPTの検査件数も急増している可能性がある。全国92の認定施設では年間1万5000件前後の検査が行われている。一方、無認定の「八重洲セムクリニック」(東京都中央区)で産婦人科医を務める奥野幸彦医師は、大阪市の系列病院と合わせ3年間で約7000件を検査したと話す。
「海外では当たり前」「妊婦の不安除く」
八重洲セムクリニックは週1回開業する検査専門施設。奥野医師は無認定の実施が問題となり、日産婦を3年前に退会した。「海外では当たり前の検査。利用者の9割は3疾患に加え全染色体の検査も希望する」と語り、「無認定施設が増えたため昨年秋ごろから客が減った」と打ち明ける。
同じく無認定の平石クリニック(東京都港区)は、昨秋から約500件の検査を実施した。内科医の平石貴久院長は「認定施設は日産婦の既得権益だ」と述べ、「子どもが正常かどうか調べたい妊婦さんは多く、その不安を取り除くのは医者の役目」と力説する。
障害マイナス語り検査促す
東京都内の女性会社員(38)は今年5月、妊娠10週の時に近所の無認定施設でNIPTを受けた。「認定施設は予約が取りづらいと聞いていたし、カウンセリングのために何度も会社を休めない」と考え、インターネットで予約。「中絶を考えると、早いうちに受けたかった」と話す。
検査の日、個室に通され検査内容を説明する動画をタブレット端末で見た。その後医師らしき人が現れ、女性が3疾患以外の染色体異常について質問すると、「親のことも分からず、お母さんの時間は一切なくなる」「そういう子は遠くの施設で暮らすことになる」と言われた。3疾患だけ検査するつもりだったが怖くなり、全染色体を調べる一番高額の検査に変更した。
「今考えれば明らかに営業トーク。便利と思い利用したが、検査や染色体異常について正しく説明してくれる認定施設の方が良いと思う」と振り返る。待ち時間を含め検査は約40分で終了。8日後に「陰性」の結果がメールで通知された。
確定の羊水検査せず、妊婦混乱
NIPTは障害者差別を助長するとの懸念もあり、十分な説明や専門家のカウンセリングが認定施設に義務づけられている。「陽性」の際は確定診断のため羊水検査をする必要があるが、多くの無認定施設は羊水検査をせず、他の医療機関への紹介もない。認定施設や産科医の元には、説明もなく「陽性」の結果だけ伝えられ混乱した妊婦からの相談が複数寄せられている。確定診断を受けず中絶しているケースもあるとみられる。
指針で認められていない「性染色体」にかかわる疾患の検査で「陽性」と判定された妊婦から相談を受けた愛育クリニック(東京都港区)の中山摂子医師は、「最初に十分な説明のないまま検査を受けると、陽性が出た後、いくらフォローしても子どもの障害を受け入れることが難しい」と指摘。「陽性時のサポートを他施設に押しつけ、患者のためと称して認められていない検査項目を実施するのは間違っている」と憤る。
規制なく野放し
無認定施設が増加する大きな要因は、規制の不備にある。現在、NIPTを実施できる医療機関の基準を定めているのは日産婦の指針。これまで無認定で検査したとして3医師を指針違反で懲戒処分にしたが、処分の対象は産婦人科医ら日産婦の会員に限られる。美容外科などの医師らの参入が相次ぐのはこのためだ。
6年前に国内でNIPTが臨床研究として導入された当時から、産婦人科医以外を監督できないのではと危惧されていた。対策として医学系学会を統括する日本医学会が実施施設を認定する仕組みを作り、日本医師会など5団体が「日産婦の指針を尊重する」との共同声明を出した。しかし、全診療科の医師を罰則対象にする制度は作らず、歯止めにならなかった。厚生労働省も当時、指針尊重を求める通知を全国の医療機関や自治体に出したが、ルール作りには関与しなかった。
グーグルは広告中止要請応じず
インターネットに広告を出す無認定施設について、認定施設でつくる団体は今年5月、「公共の利益に反する」として、検索サービス大手のヤフーとグーグルの2社に「NIPTの不適切な広告の中止」を求める要望書を出した。ヤフーは要望に応じたが、グ社は応じていない。グ社は取材に「(自社の)医療広告のポリシーに沿って審査している。個別の広告についてコメントしない」と答えた。
無認定施設の急増などを受け、厚労省は今秋にNIPTのあり方を巡る検討会を初めて設ける。無認定の施設数や実施件数の実態調査にも乗り出す方針だ。
隠れ施設、海外検査も
医療法では、母体血などの検体を海外の検査企業に送る際は都道府県に登録された衛生検査所を通さなければならない。厚労省は「衛生検査所を調べれば利用施設や件数を把握できる」とするが、医療機関から委託を受け検査業務を行う検査会社の役員は「衛生検査所を通さず海外に直接検査を依頼する無認定施設もある」と証言。「産婦人科の中にも隠れて検査している施設も複数ある」と話しており、厚労省がどこまで実態をつかめるか不透明だ。