大塚製薬の大衆保健商品は,どれも「なくてもいいもの」ではある。ひとり
ポカリスエットだけは,小児や老人の下痢などによる脱水症状を抑えるのに
医者が気楽に勧められる便利なものではあるのだが。ファイブミニ,
ザ・カルシウム,オロナミンC,カロリーメイト,どれをとっても,もし人が
これらを必要とするような状態に仮にあったとすれば,
それはかなり異常な健康状態であるから,ただちに医者に相談すべきである。
つまり,上の商品で補給される栄養素は,どれもごく常識的に栄養を
配慮した食事で問題なく摂取できるのだ。
大塚製薬のこれらの商品はまやかしの健康食品であると思っていい。
だから,この
「日本人はカルシウム不足ではない --- ザ・カルシウム」(三好,p.30-31)
で紹介されているザ・カルシウムは,いうまでもなく買う必要のないモノである。
だが表題の「日本人はカルシウム不足ではない」といういい加減な記事は まったく有害である。なぜなら, 多くの日本人はカルシウムの摂取量が不足しているのだし, しかもここ数年,状況はいっこうに改善されていないのだ。 重要なことは,カルシウムを必要とする成長期の若い男女で, カルシウムの摂取量は絶対的に不足しているという深刻な事態である。 「日本人はカルシウム不足でない」などという乱暴な主張は, 彼らの誤った食生活を合理化することになってしまう。 これは罪の深い記事である。
'46 年の日本人の平均 Ca 摂取量は 253 mg で,現在の半分にも満たない。 それなのに昔のほうが骨折や骨粗鬆症, イライラするような人も今より少なかったのである。 逆に Ca 摂取量が増えた '70 年代以降から, 骨折や骨粗鬆症, イライラする人が増えてしまった。 Ca 不足というより,運動不足や生活環境内の化学物質が要因になっていることが多い。 (三好,「日本人はカルシウム不足ではない --- ザ・カルシウム」p.30)
この段落はいくつもの非論理的な推論を含んでいる。 まず,敗戦直後の日本人の低い平均寿命,劣悪な衛生環境,深刻な栄養状態の時代, 他方で高度経済成長の爛熟期である70年代以降の時代という, まったく条件の異なる時代のサンプルを対象にした数字の比較は, 統計的に意味をなさないのだ。骨粗鬆症が問題になる高齢者の人口は, 絶対数においても比率においても, 当時の方が現在よりもずっと小さいのだから, 罹患者数も人口に占める罹患率もずっと低いのは当たり前である。 またイライラを引き起こす社会的ストレスが,管理社会化している現在において, はるかに大きくなっていることも,うつ病患者や自殺者の増加を思い出すまでもなく, 否定しようのない事実である。
またこの記述は,時代比較をするときによく登場する誤った推論の典型的な パターンをそっくり踏襲している。 時代につれてカルシウム摂取量が増えても さまざまな疾病は増えているのだから, カルシウム摂取量は, それらの疾病の減少に対して無効であるという推論をしてみせているわけだ。 もちろんそれはまったくの暴論である。 健康に関与するパラメータはいくらでもあり, それらは時代とともに変化してきているのだ。その複雑な関わりの結果が いろいろな疾病の社会的統計に反映されてくる。 軽率に,「カルシウムの不足は日本人の健康に関係ない」などと暗示して してみせるのは誤りである。'95年の1日平均 Ca 摂取量は約 585 mg。 この数字にも疑問が多い。 調査対象者が食べた食事内容を調べ食品成分表から計算しているが, もし実際に食べたものを測定すれば,違ってくる。 成分表からの計算値より実測値のほうが 100 mg も多かったというデータがある。 585 mg に 100 mg を足せば,優に 600 mg を越えてしまう。
また飲み水に含まれている Ca は計算していない。 最近はミネラルウォーターを飲む人が増えている。かりに飲み物や調理に ミネラルウォーターを1日 1l使ったとする。 ヨーロッパのミネラルウォーターなら Ca が約 100 mg /l, 日本のものでも 30 mg /l前後含まれているものもある。 これをプラスすれば 700 mg を越えてしまう。 (同上, p.31)
「もし実際に食べたものを測定すれば」と, 仮定のもとに予測を立てて,その結果で脅してみせるという論法はいただけない。 成分表に実測値とのずれがあるとすれば, 誤差を含んで多めか少なめに真の値はずれる。 それなのに多くずれたケースを仮定して計算してみせるとは, まったく恣意的な態度である。
さらにミネラルウォーターを1日に1リットルも消費するような生活を想定して, 架空の計算をもとに過剰だと結論づけるなどというのは, いったいどういうつもりなのだろう。 ふつうの日本人の生活からは縁遠い極端なケースを想定して 結論を導いてみせるというのは,アンフェアな論法ではないか。 そもそもそれだけミネラルウォーターをとるような生活をしている人がいたとしたら, それによるカルシウムイオンの過剰摂取は本人の自己責任以外の何物でない。 論じる意味のない話しである。
ところで,最近の水ブームで売られている「天然水」のたぐいは, 本当のミネラルウォーター, すなわちカルシウムイオンやマグネシウムイオンを多く含んだ水ではない。 日本の飲料水は, 短い河川と莫大な降水量,それに酸性の土壌からくる軟水であるから, 硬水としてカルシウムイオンを多く含む「ミネラル」ウォーターの味は嫌われるのである。 六甲や月山や信州などの水と称する「おいしい水」は,幸か不幸か,たいして カルシウムイオンを含んでいないのである。 で,本来のミネラルウォーターよりもこういうただの水の方がよく売れていることは, スーパーやコンビニの陳列を見れば一目で分かる。ミネラルウォーターでカルシウム 過剰などというのは,思い付きで創作した例にすぎない。