'98年の冬はインフルエンザが大流行し,学級閉鎖になった学校も多くあった。 「かぜの予防のためにうがいをしましょう」と,学校もマスコミも熱心に呼びかけた。 はたしてうがいは,カゼの予防に役立つのだろうか。 うがいは,カゼの予防の有効な手段である,ということを明確に示した医学論文は どこにもない。 (中略)
毎日,うがい薬でうがいをすることなどやめたほうがよい。 うがいでカゼの予防はできないのである。 (三好「うがいでカゼの予防はできない --- ラリンゴール」,p.152-153)
上の引用は,この記事の冒頭と末尾である。途中の部分にも通俗解説書の引き写しや
憶測があふれているのだが,
物書きとしての誠実さを疑わせる上記の部分についてだけ書いてみることにする。
あるものが存在しないことを証明することは非常にむつかしい。
星の数ほどある可能性の中で,
「~はどこにもない」などということを断言するような文章を書く人がいたら,
その人はその分野の情報について徹底的に通暁しているか,
あるいは出まかせのウソをつくことが平気な性格をしているかどっちである。
まして,風邪の予防にうがいが有効であるという,
いわば国民的常識のたぐいに挑戦しているのだから,
よほど慎重にモノを言わないと大変なことになる。
さて, わたしも医学論文の世界についてはめったに触れることがないので,本当にうがいの 有効性を論じている論文が存在しないのかどうか, MEDLINE という NIH で提供されている 医学論文データベースを検索してみた。その結果,うがいとその効果についての 論文が 200 件あまり引っかかり, その中には感冒の発生とうがいの励行の関係を疫学的に調査したもの, 口内の病原性微生物を紅茶やポビドンヨード(イソジンの有効成分) が抑制することを調べたものなど,素人にもなじみやすいものがある。 ねんのため,「うがいは感冒の予防にはならない」という論旨のものがないかと ちょっと読んでいってみたが,予期していた通り見つけられなかった (見落としがあるかも知れないので, 疑問の方は上のサイトを使って調べていただけるとありがたい)。 上に書いたように無効の証明は難しいし, そんな業績にもならない研究をやる医学者もいないだろう。
というわけで,この記事の著者は, ろくすっぽ文献調査もやらずにとんでもないウソを書いているわけだ。 お話にならない。その上で断定的に結論を言いきってしまえるというのは, どういう神経をしているのか。人間としての良心を疑ってしまう。
ところで,最近の耳寄りな情報によると,感冒の予防には, 外出から戻ったときの手洗いと,紅茶や緑茶でのうがいがかなり有効であるらしい。 かみさんがテレビで仕入れたという情報なので出典は不明であるが, 安上がりで実行の容易な方法であるから, 駄目もとでやってごらんになってはいかがだろう。 夫婦と小学生の子供二人の我が家では,この前の冬中,この対策をとった。 結果は良好で,アトピーと喘息持ちの子供たちがめずらしく風邪も引かずに元気に過ごせた。とはいえ,個人的な少数の事例を一般化して結論付けるのが, 誤った推論方法であることは,わきまえているつもりだ。